Webマガジン「knot」創刊にあたって

2024.03.13

2024年3月15日、福島県浜通りを中心に“普通の人たち”や“普通の暮らし”を紹介するwebマガジン「knot」を創刊した。

2018年に福島県にUターンし、2023年から故郷富岡町で暮らしている。富岡町は福島第一原子力発電所の事故により全町避難を余儀なくされ、ある意味“特別”な町となった。

富岡町に戻り、実際に暮らしてみて感じたのは、この地域でも“普通”に暮らしている人がたくさんいるということ。

朝起きて、仕事に行き、帰宅して、家族で夕ご飯を食べ、お風呂に入り、眠る。そんな当たり前の、どこにでもある暮らしが、ここにも普通にある。

今は、webも紙もSNSも含め、浜通りを紹介するメディアがたくさんある。私が暮らしていた20ウン年前には考えられなかったことだ。

帰還してビジネスを立ち上げた人、移住してこの地で子育てをしている人、飲食店を始めた人。たくさんの人たちが、この地域のプレイヤーとして紹介されている。「こんな人がいるんだ、すごいな」と、興味深く記事を読んでいた。

私自身、移住者や地域のキーパーソンにインタビューするという仕事を複数媒体から依頼いただき、何本か記事も書いてきた。みなさん、とても魅力的で、インタビューするのが本当に面白かった。記事を書きながら、胸が熱くなったことも何度もある。

故郷とはいえ、人生の半分はこの土地から離れて暮らしていたので、知り合いもほとんどいない。出会う人はみんな、この地域への想いや信念をもち、輝いているように見えた。自分のやりたいことを実現し、成功している人たち。そんな人たちと比べて、自分は何もできていないな……と自己嫌悪に陥ることも多々あった。

そんな鬱々とした気持ちを心の奥に抱えながら日々をこなすうち、インタビュー依頼があると「あ、知ってる人だ」ということが増えてきた。知らない人であっても、ネット検索すると、その人のインタビューや取材記事が何本もヒットするということが続いた。

最初は「この地域では有名な人なんだな」くらいに思っていたのだが、だんだんと「特定の人が、何度も取り上げられてるんだ」ということに気づいた。

移住政策に力を入れているこの地域は、サイト運営を東京の企業に委託していることも多い。雑誌やテレビの取材も、この地域の外の人が、誰を取材するかを決める。この地域で暮らしていない、言ってしまえばこの地域を知らない人たちが決めるのだから、きっとネットで検索して、取材対象を探しているんだろう。

それが悪いとは言わない。私も、外で暮らしながら浜通りを取材するとなったら、まずはネットで検索する。取材対象を探すために、何日も現地入りしたりは、きっとできない。企業に勤めていたら、自分の足と目を使ってじっくり探す時間なんて、おそらくない。

ただ、そんな構造をみていて、単純に「もったいないな」と思った。

富岡で暮らすようになって、少しずつ知り合いが増え、“普通なんだけどおもしろい”人だらけだということに気づいたから。普通に、たんたんと日常を送っている人たちにも、誰もしらない人生の物語がきっとある。そんな“普通の人たち”を紹介する媒体があってもいいんじゃないか。

挨拶を交わすようになったあのおじいさんは、この町でどんな若者時代を送ったの?

いつも一緒にいるあのご夫婦は、いつどこで出会い、どうして人生を共にしようと思ったの?

今、この地で暮らすあなたは、何を考え、どんな日々を送っていますか?

知りたい、聞いてみたい。その人の物語にふれ、残したい。この地域で暮らす、普通の人の普通の日常を、少しのぞかせてほしい。

特別なことなんて、何もないかもしれない。それでもいい。生まれ育った古里、慣れ親しんだ地から強制的に出ないといけないという経験をした人たちは、この場所で普通に暮らすということの尊さを知っている。

私は、聞いてみたい。この地で暮らす人たちの話を。

私が会いたいと思った人に会い、話を聞いて、書く。ただの好奇心だと非難されるかもしれない。そんなことのためにwebマガジンまで作ったのかと、呆れられるかもしれない。

それでも私は聞いてみたい。あなたの話を。

文/遠藤真耶
写真/倉田若菜

倉田若菜:Instagram @nanaaa_photo

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